干し柿の魅力は、ねっとりした食感と濃厚な甘さです。古くから「和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」といわれています。ところが、そんな極上の甘さは、渋柿から作られる。渋柿から干し柿になるにはどんな科学のメカニズムが潜んでいるのでしょうか?

渋柿を味わったことはありますか?

薬やサンマのわたの苦さとも違う、アク抜きをしていない野菜などのえぐみとも異なる味わいです。そのような渋柿を、なぜ、干し柿の原料にするのでしょうか?

「渋柿は甘いからです」

“渋柿は甘い”という言葉は、矛盾しているように聞こえますが、どういうことなのでしょうか?

生の渋柿は、含有する糖質全体の約60%がショ糖で構成されています。糖度は20度で、ブドウと同じくらいあり、本当はとても甘いのです。この甘さを隠しているのが、渋さの源であるタンニンです。

タンニンは植物由来のポリフェノール成分で、水に溶けやすいものと溶けにくいものがあります。また、タンパク質などと結合して不溶性の沈殿を形成する性質もあります。

「渋柿のタンニンは水に溶けやすいので、食べると唾液で溶け出します。それが舌や口腔内粘膜のタンパク質と結合した結果、味覚としての渋味を感じさせるのです」

それならば、口の中で渋味を感じさせず、隠されていた甘味のみを感じるようにすれば、美味しく食べられるはずです。

というわけで、渋抜きという先人の知恵が生まれました。

柿の大半は渋柿

渋抜きと柿の多様性:なぜ渋柿が主流なのでしょうか?
渋抜きという一手間をかけるよりも、甘い柿を味わえばいいではないかと思う方もいらっしゃるかと思います。

ところが、渋抜きが必要な理由があるのです。実は、世界的に見ても、甘い柿よりも渋柿のほうが断然多いのです。

世界の柿の現状
「柿はざっと1,000種以上あります。しかし大半が渋柿で、甘い柿は非常に少ないのです」

その渋さのせいか、欧米では、柿は木の堅さを生かして主に木材として利用されています。

「柿の実を食用にしているのは、日本をはじめとする東アジアです。しかし、柿酢などに加工して食用とすることが多く、干し柿にして食べているのは日本と中国、韓国などです」

日本の柿の分類
日本の柿は「完全甘柿」と「不完全甘柿」「不完全渋柿」「完全渋柿」に分けられます。

樹上で甘く熟すのが完全甘柿です。

ベースに渋味があるけれど、種子が入ると自然に渋が抜けて甘くなるのが不完全甘柿です。

そして、種子が入るとその周りだけ渋が抜けて甘くなるのが不完全渋柿です。

渋抜きをするか、押すとすぐつぶれるほど完熟しない限り渋いのが、完全渋柿です。

「生の甘柿として出荷されるのは、完全甘柿と渋抜きした不完全甘柿、不完全渋柿です。完全渋柿は、干し柿に加工してから出荷することが多いです」

つまり、ほとんどの柿は、甘く味わえるように渋抜き加工してから出荷されているというわけです。

柿の渋さの役割
柿の渋はなかなか手強いものです。ですが、この渋の手強さは、優れた自己防御システムです。

「柿に限らず植物にとって種子を残すことはとても重要です。タンニンの渋味は、鳥獣害から身を守ります。また、タンニンのタンパク質を凝集させる性質は、病害虫を侵入しにくくさせます。渋いタンニンが、次世代に命をつなげるように、種子が成熟するまでしっかりと守っているのです」

柿の分類
甘味と渋味から柿は図のように4つに分けられるが、渋柿が基本で、甘柿は突然変異で誕生したといわれています。食べると渋く感じるのはヒトだけではなく、渋味が鳥獣の食害を防ぎます。また、渋味の源であるタンニンはタンパク質を凝集させるので、病害虫も侵入しにくいのです。

渋抜きで甘くする

渋抜きの仕組み:甘さを引き出す科学
柿の渋を抜いて甘くすることを「渋抜き」といいます。しかし、実際には渋が消えてなくなるわけではなく、タンニンを不溶化させて「口の中で渋を感じにくくさせる」ということになります。

渋抜きの主な方法
甘柿として出荷する際に用いられる主な渋抜きとして知られているのが、アルコールや炭酸ガスを用いた方法です。干し柿の場合は、皮をむいて乾燥させるという加工自体が渋抜きになっています。

「方法は異なりますが、柿の中で起こる原理は同じです。タンニンが柿の中でできたアセトアルデヒドと結合することによって不溶化され、食べても渋味を感じなくなるようになっているのです」

アセトアルデヒドが生成されるメカニズム
渋抜きの仕組みはおよそ次のとおりです。

柿は収穫後も果皮を通じて呼吸しながら生きています。この呼吸を妨げられると、果実内にアセトアルデヒドが生成されて蓄積されます。

アルコールを用いる場合: アルコール(エタノール)が酸化するとアセトアルデヒドになるのはよく知られていることです。

炭酸ガスを用いる場合: 炭酸ガスが充満する中に置かれると、柿は呼吸ができなくなります。そのためブドウ糖の代謝ができないことから、分解途中のピルビン酸からアセトアルデヒドが生成されます。

干し柿の場合皮をむかれると呼吸ができなくなるので、やはりアセトアルデヒドができるということになります。

渋抜き柿と干し柿の甘さ
では、渋抜きした柿はどのくらい甘いのでしょうか?

日本食品標準成分表2015年版(七訂)に基づいて算出すると、生の甘柿の糖質量は100gあたり14.3gで、渋抜きした生の柿は14.1g、干し柿は57.3gとなっています。

干し柿は乾燥により水分が抜けるため、生の甘柿や渋抜き柿よりも糖質量が多くなるということです。

科学的な品質向上

ころ柿の白い粉の秘密:甘さの凝縮と自然の力
高級とされるころ柿の表面は、白い粉で覆われていることが多いです。この白い粉の正体は、ブドウ糖であることが分かっています。

しかも、原料の生の渋柿ではショ糖が約60%を占めていましたが、乾燥工程が進むにつれてショ糖の含有量が減少し、ブドウ糖と果糖が増加します。干し柿になったらショ糖はほとんど検出できなかったということです。

糖の転化:甘さの構造変化
「柿の果肉には、ショ糖をブドウ糖と果糖に分解するインベルターゼという酵素が含まれています。そのため、乾燥させる過程でショ糖はほとんど分解され、干し柿に仕上がったときにはブドウ糖と果糖のみになると考えられます」

生の渋柿が乾燥する過程で、タンニンの不溶化とともに糖の転化も起こっているというわけです。

白い粉の生成:柿もみの役割
しかし、なぜブドウ糖だけが表面を覆っているのでしょうか?

「それは柿もみという一手間をかけているからです」

乾燥させた柿の表面をもんで刺激すると、柿の中心部の水分が押し出されます。白い粉の正体は、中から染み出したこの水分に含まれているブドウ糖が結晶化したものです。柿もみを何度か繰り返すことで、しわのない柔らかな干し柿に仕上がり、粉雪に覆われたような美しい姿になるのです。

渋抜きも糖の転化も、乾燥工程で起こる化学変化ですが、品質の良い干し柿作りには産地特有の自然環境の力も大きいです。

「夜から早朝にかけて低温となり、湿度が高くなります。すると、乾燥した表面に適度な湿気が与えられるので、内部からの水分発散が促進されます。つまり、乾燥と加湿を交互に繰り返しながら干し柿が作られているのです」

しかし、地球温暖化や気候変動などで、そうした自然環境にも異変が生じています。最近では、機械乾燥による干し柿加工方法の開発もされています。“昔ながらの伝統製法”を科学的に解明し、エビデンスに基づく科学的な品質向上が実践されているのです。

※参考文献
 ・ヘルシスト265号 暮らしの科学第43回 渋味が甘味に変わる干し柿の魅力
 ・化学と教育 63巻 干し柿のふしぎ